「行動」だけが世界を変える

今抱えてる問題、国家、世界が直面する問題に共通することはなんだろう。それは、どれも「人間の行動」が原因で起こったということだ。つまり、今、私たちが直面する問題の解決策とは、「人間の行動を変えること」である。そのためには、私たちの「評価」と「決断」の方法を変える必要がある。

繰り返しになるが、すべての問題は、人間が選択した「行動の結果」として生まれたもの。

誰もが”ヒーロー素質”を持っている

ここで救いのないのは、あらゆる問題の根っこは、「人間の行動(と、その前段階である意思決定のプロセス)」にあるということだ。つまり、、その問題を解決するには、行動を変えればいいということだ。

あなたは、「自分一人の力で本当に世界を変えられるのか」と思うだろう。しかし、あなたに不可能なことなどない!あなたの持つパワーを制御するのは、本人の想像力と思い込みだけだ。

「世界の歴史」とは、よりよい世界をつくるために並外れた努力をした、一握りの”ごく普通の人たち”がとった行動をならべた年表だと思えば、また違った世界の見方ができるだろう。彼らはまず「変えるべきことは何か」を判断し、その変化をもたらすのは自分であり、「絶対変えてみせる」と決意した。そして、勇気を奮い起こして、最後までやり通した。彼らこそ”ヒーロー”と呼ぶにふさわしい。

短期的に見れば、自分を犠牲にしているだけのように見えたとしても、多くの人のために、大胆かつ高潔な行動を取ることができる。正しい行いをし、恐れることなく真実を語り、世の中を変えていく力があなたにはある。

問題なのは、その時が来たら、ヒーローであることを思い出し、私心なく行動できるかどうかである。面倒や厄介ごとの気配を感じると、避けて通ろうとする人が多いが、困難を克服することが、人格形成には欠かせない。大きな困難や命の危険に直面し、それを乗り越えるしか選択肢がない立場に追い込まれて初めて、自分にヒーローの素質があることに気づく人が多い。

次に困難な局面に立たされたら、その時は、ささやかな抵抗に思われたとしても、とにかく状況をかえるために行動を起こそう。どんな結果をもたらせるかは、誰にもわからない。自分はヒーローだと信じて、ヒーローらしく行動しよう。

自分の”使命”とは何かーマザー・テレサの場合

マザー・テレサのような人を見ると、生まれつきのヒーローなのだと思う人もいるだろう。放っておいても、精神性が高く、常に貧しい人々に献身的に尽くすような人なのだと。

たしかに彼女は勇敢で、哀れみ深い女性だったが、「この世における自らの”使命”に目覚める決定的瞬間を経験した」というのも事実である。

マザー・テレサは、最初から「貧しい人々を助けたい」と思っていたわけではない。実際には、20年以上にわたって、インドの大都市カルカッタの富裕層の子女教育に携わっていた。富裕層が暮らす地区で働いていて、そこを取り巻く貧しいスラム街の状況にはほとんど関心がなく、小さな自分の縄張りの外に足を踏み出すことはなかった。

ある晩、マザー・テレサが通りを歩いていると、助けを求める女性の叫び声が聞こえた。この瀕死の女性が腕の中に倒れ込んできた瞬間が人生を根本から覆す転機となった。

マザー・テレサは急いで、この瀕死の女性を近くの病院に運んだが、座って順番を待つように言われた。すぐに治療しないと死ぬことがわかっていたので、別の病院に運んだが、そこでも座ってまつように言われただけだった。低いカーストに属していた女性の治療は後回しにされたのだ。

この状況に絶望したマザー・テレサが自分の使命を悟った瞬間だった。その時彼女は、こんな悲劇を二度と繰り返さないために、できる限りのことをすると誓った。自分の周囲で苦しんでいる人々の痛みを和らげ、すべての人が尊厳を持って生き、あるいは死ぬことができるよう、自分の生涯を捧げる決心をしたのだ。どんな人でも、死ぬ時は、愛と尊敬にあふれた最良の待遇を受けられるように、マザー・テレサは全力を尽くした。

私が考える「ヒーローの定義」

最近は、ヒーローの果たすべき責任は重すぎると、ヒーローになるのを嫌がる人が多い。それに、ヒーローになろうなんて傲慢ではないか。ヒロイズムなんて胡散臭い。そもそも完璧な人間などいるわけがない。

現代社会は、単にヒーローの私生活を細かく調べ上げ、欠点をほじくり出す。もし見つからなければ、でっち上げる。現代の重箱の隅をつつくような基準を過去のヒーローにも適用していたら、ヒーローなど一人もいなくなってしまうだろう。現代のタブロイド紙的メンタリティが相手では、どんな偉人もヒーローと認められるかどうか、怪しいものだ。

人それぞれヒーローの定義はあっていいと思う。

たとえば、

ヒーローとは、どんなに厳しい状況でも、勇気を持って社会に貢献する人である。

ヒーローとは、自己の利益を省みず、他人の期待以上に自らの力を発揮しようとする人である。

ヒーローとは、恐怖に負けず、自分が正しいと思うことを実行し、逆境に立ち向かう人である。

ヒーローとは、現状維持でよしとする人の「常識」を打ち破る人である。

ヒーローとは、社会に貢献する人、進んで手本になる人、自分の信念に沿って生きている人である。

ヒーローとは、自分の望む結果が出るように戦略を立て、実現するまであきらめず、必要に応じて戦略を変え、小さなことを積み重ねていくことの大切さを知っている人である。

完璧な人などいないのだから、ヒーローが完璧である必要がない。間違いは誰にでもあるが、そのせいでそれまでの貢献が帳消しになることはない。「完璧であること」がヒーローの条件ではない。重要なのは「人間性」だと思う。