「ねばならない」と「べきだ」の違い

人々の行動と、そのルールの影響力を研究するればするほど、

その力強さに気づかれずにはいられない。

興味深いのは、同じルールでも、

決して破られないものと、

しばしば破られるものがある点だ。

研究の結果、その答えが明らかになったようだ。

ルールにも階層があり、

あるルールは、それを破ってしまった時のことを

考えたくないほど強烈な苦痛がある。

だから、滅多に破ることはない。

このルールのことを、「限界ルール」と呼ぶ人がいる。

たとえば私があなたに「あなたが絶対にやらないことは何ですか」と

質問をすると、あなたは限界ルール、

つまり、あなたが決して破らないルールを教えてくれるだろう。

一方、「破りたくないルール」というのもある。

私はこれを「個人的規範」と呼ぶ。

このルールを破ると後悔するが、

理由の如何によっては短期間なら破ってもよいと考える。

この2つのルールの違いは、

「ねばならない」と「べきだ」の違いで表せる。

「やらねばならない」と「やってはならない」のルールが

限界ルールであり、「するべきだ」と「するべきでない」の

ルールが個人的規範である。

どちらも人生の骨組みとなるものだ。

「ルール」が多い人生は窮屈になる

「ねばならない」ルールが多すぎると、

人生は生きづらい。

以前、20組の5つ子の家族を特集した番組を見たことがある。

その中で、それぞれの両親に

「たくさんの子どもを育てながら、

穏やかでいるために一番大切になことは何ですか」

という質問していた。

共通していたメッセージは、

「あまり多くのルールを造らないこと」。

これだけ多くの子どもたちが動き回り、

それぞれ性格も違っているのに、

ルールがたくさんあったら頭がおかしくなる。

ルールは常に破られるものだ。

つまり、ルールが多いほど、

絶え間ないストレスにさらされることになる。

このようなストレスはあなたと、

そのまわりの人たちに影響を及ぼす。

「スーパーウーマン症候群」という言葉がある。

「どんなことでも完璧にこなさなければならない」と

頑張りすぎてしまう現代の女性たちの傾向を表したものだ。

夫、子ども、両親、友人の面倒をみるのはもちろん、

完璧な肉体を持ち、

積極的に世界を変え、

核戦争を防ぎ、

その上、有能なビジネスパーソンでなければならない。

これだけ多くの「ねばならない」を満たさなければ、

「人生がうまくいっている」と実感できないとなると、

ストレスは相当なものだろう。

「押し流されてる」ような人生と感じてしまう時

もちろん女性だけの話でなく、

男性も、子どもも、ますます大きな期待を背負わされ、

とてつもないストレスにさらされている。

「やらなければならないこと」が多すぎると、

人間は人生に対する情熱を失い、

ゲームに参加する意欲もなくなる。

自尊心とは、「自分の手に人生の主導権がある」と感じられた時に手に入る。

状況やまわりに押し流されるようにして生きている時には、

決して手に入らない。

そして、多くの「ねばならない」ルールがあれば、

自分の人生がそれに押し流されていってしまう可能性は非常に高くなる。

実際、人生の目標、ルールを決めたのはいいが、

それが「ねばならない」なのか、

「べきではない」なのかが明確にされていないことで、

挫折するケースもある。

自分で自分の首を絞めるようなことは避けよう。

自分のルールがどのようなものかを理解するだけでなく、

「ねばならない」と「べきでない」のどちらもあり得ることを

肝に銘じておくことが必要だ。

それはビジネスでもプライベートでも、

どんな相手にも言えることだ。

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