人間関係に「これでいいだろう」という考えには注意

「起業したい」

「交渉を成立させたい」

「異性と仲良くなりたい」

「家族の仲をよくしていきたい」

これらを実現するには、

相手の人間関係に関するルールをしっかりと把握し、

自分のルールを相手に伝えなければならない。

自分のルールを明確に伝えてないのに、

相手が自分のルール通りにしていくれることを期待していけない。

特に身内には、注意した方がいいと個人的には思う。

近い人ほど、「わかってくれるだろう」と思いがちだから。

自分のルールを明確に伝えると同時に、相手のルールも認めなければならない。

そして一部でも従うようにしない限り、

相手があなたのルールに従ってくれることはない。

たとえば、どんな人間でも、

付き合いが始まってまだ間もない頃に

私がすることの一つは、

私のルールを相手に知らせ、

相手のルールをできるだけたくさん引き出すことだ。

そして、「私たちの関係がうまくいっているかどうか、

どうすればわかりますか。どのくらいの頻度で連絡を取り合いますか。

何が必要ですか」といった質問をする。

個人的には、友人は少ない。

そもそも友人の定義が自分自身よくわかっていないからだ。

皆さんの友人の定義ってなんでしょう?

個人的には、人付き合いって、傷つくことがあるから、

それを避けたいのかもしれないですね。

私自身が、、、

そんな自分でも、数少ない友人はいます。

専門時代の友人や、同期の友人、大切な友人です。

今は、絡むことが少なく、仕事と休みの中で、

接する友人というものがいません。

みんな県外ですし。。。

「寂しいわけではない」と個人的には思っているのですが、

定義を考えていたこの頃です。

そんな中、ある人の友人の定義を聞きました。

無条件でその人のことが大好きで

その人のためなら、どんなことでもする。

困った時や、本当に助けが必要な時に

その人が電話をかけてきたら、

私はその人のためにそこにいる。

いったん、この人は本当の友だちだと思ったら、

数か月で友情が薄れたりすることはない。

友だちとはそういうものだ!

それに疑問をはさむことはない。

そんな友情のルールは極めてシンプルだから。

友人の多い人っていうのは、、、

すごいなって思う。

裏切られたり、傷つくこともある。

それでも、すべてを受け入れる

大きな心の持ち主なんだろうなって思う。

個人的は、友人が多いことがいいなって思うのではなく、

目の前の友人を、一人の人間として受け入れる、

器の大きさを尊敬しているのだと思う。

言いたいことをまとめると。

愛であれ、

友情であれ、

仕事であれ、

自分の「ルール」や「基準」を相手に伝えるのは

非常に重要なことだ。

とはいえ自分のルールをすべて明確にしても、

誤解が起きることはある。

一つのルールを言い忘れたり、

自分でも気づいていないルールがあったりするからだ。

だからこそ、継続的なコミュニケーションが大切なのだ。

ルールに関する限り、「これでいいだろう」はない。

人間関係でうまくいきたいのなら、

とにかくコミュニケーションをとる。

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