自分の「ルール」がやる気を下げることもある

自分で設定した「ルール」が、

あなたの背中を押してくれるか、

それともやる気をなくさせるかを判断してみよう。

①守ることのできないルールを設定していなか?

②自分の力でコントロールできない要素によって左右されるルールを設定していないか?

③あなたを不快にすることが多く、快適にすることが少ないルールを設定しないか?

「自分の信念がすべて受け入れられ、認められる」など、

全く不可能であるのに、それを望んで、叶わないことに絶望を感じていることはないか?

まず、自分にはコントロールできない外部の要因、

つまり、「他人の意見」によって自分の快・不快を決めることをやめよう。

自ら「頭痛の種」をつくらない。

「人生で大切にしていること」に関する「ルール」を紹介する。

ある人の例だ。

これに関しては人それぞれあるので、

個々で考えてみるともっと思考が深まるだろう。

:自分の愛を勝ち取ったと感じられること。みんなに私の信念をすべて受け入れ、認めてもらいたい。自分が完璧でないと、愛されていると思えない。良妻賢母でなければならない。

健康:厳しい基準に基づいて、完璧な食事をしていること。痛みが一切ないこと。誰よりも健康だと感じられ、人のお手本になること。

安全:みんなが私を好きであること。会う人すべてに「素敵な人」と思われているとが実感できること。核戦争は絶対起こらないと確信できること。今より貯金額をふやすこと。

自由:仕事、時間、給料、意見など自分でコントロールできること。経済的な不安やストレスと無縁で、経済的に十分安定していること。

以上の前提で人生を送っているとする。(改善後は明日の投稿へ)

ではこの中で、一つでも満足させられる可能性はどれくらいだろう。

たとえば、

「厳しい基準に基づいて、完璧な食事をしていること」について、

この設定をした人は、菜食主義で、加工されていない食物だけを食べていたのに、

まだ完璧だとは思っていないのだ。

それでいてもっとも健康になりたいとは、

そうとう神経をすり減らしながら、人生を送っていることだろう。

こんな「ルール」では、

身動きすらできなくなってしまう。

苦痛を感じるのは簡単だが、

心地よい気分になるのが、いかに大変かに注目するといいだろう。

もし自分の意見が他の人に受け入れらないだけで、

拒絶されたと感じるとしたら、

多くの頭痛の種を抱えることになるだろう。

自分のことをよく知らない人から批判される可能性は、ものすごく高い。

よく知らない人の意見を、すぐに受け入れるは無理があるだろう。

このような「ルール」を守りながら生きていくのは、

どのような気持ちなのだろう?

この人が設定した「ルール」は厳格だが、

自分を不幸にしていく箇所もいくつかある。

世の中には、外面的に成功しているようにみえても、

幸福や充実感を得られていない人も少なくない。

それは、価値観が相克していることと、

不適切なルールを設定していることが原因だからだ。

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